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南仏:ニース〜モナコ〜アンティーブ紀行 [旅行]

昨年秋に国内の学会からヨーロッパで国際学会があるというお知らせが来て、見てみるとフランスのニースであるとのこと。 ダメ元と思って抄録を送ってみたら、採用された。ヨーロッパを訪れるのは2001年3月以来の実に13年ぶりである。
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ニース・・・ってどこ? 南フランスの地中海沿岸にあることは分かったが、Webで調べてみるとコート・ダジュールやフレンチ・リビエラなどと呼ばれているらしい?
コート・ダジュールとは、Côte d’ Azur、Côteは「海岸」、Azurは「青」を意味するので、まぁ「紺碧海岸」という意味で、ニースを含む南フランスの地中海沿岸地域(西はトゥーロンから東はイタリア国境まで)の地域を指す。ニースの空港名にもなっている。
フレンチ・リビエラのRivieraとはイタリア語で「海岸」という意味であるが、南フランスからイタリアのサンレモあたりまでの広い沿岸地域に点在する保養地を指す言葉であり、そのフランス領部分が「French Riviera」となる。
ニースはこの地域を代表するビーチ・リゾートであり、ヨーロッパの人々にとってはメジャーな旅行先のようだ。ところが日本のガイドブックでは扱いが以外に少なく、日本人旅行者にとってはここが目的地というよりはリヨンとかアヴィニョンとかと共に南フランス周遊の立ち寄り都市・・といった感じなのだろうか。

さて、ニースに行ったらどこを見て回ったら良いか?
ニースの市街や紺碧海岸は1日あれば見て回れそうである。他の見どころなどについてもある程度下調べをしてみた。

1)モナコ公国
鉄道で20分くらい東へ行くとF1のモナコGPで有名な「モナコ公国」がある。モナコ公国はバチカン市国に次いで世界で2番めに小さい国で、前述のモナコGPのほか、モンテカルロ・ラリーの起点でもある。
「モンテ・カルロ」とは前述のモナコGPが行われる市街地を含むモナコ公国の中心地区の名称である。”Monte Carlo”の”Monte”は「山」、”Carlo”は「シャルル3世」を指すイタリア語で、シャルル3世とはそれまで他国の保護下にあったモナコ公国の独立を果たしたモナコ大公。港町であるものの平地が極端に少なく、山がすぐ背後に迫っているので「シャルル3世の山」なのだろう。

2)映画のロケ地
”French Riviera”との文字が出ていた映画があった・・・何だったか?。。と記憶をたどってみると、「グラン・ブルー」だった。確か、主人公ジャック(フランス人)の故郷との設定で、チリから帰国したジャックが水族館のプールでイルカと戯れるシーンだった・・と思う。どうやらこのイルカのプールはニースの西側にある隣街、アンティーブにある”Marineland”という施設らしい。

3)SNCF
鉄道マニアとしては、せっかくフランスに行くのだからフランス国鉄(SNCF)にも乗りたい。そこで、パリを経由してパリーニースはTGVで移動する、という計画を立ててみた・・・が、パリーニースはTGVでも5時間くらいかかるため、飛行機との接続と日程の関係でどうしても無理。そこで行きは日本ーアムステルダムーニース、帰りの便をニースーパリーアムステルダムー日本にして、帰りの便のうちニースーパリ間の航空便を使わず、前日にTGVでパリまで移動する、ということを画策した(これは13年前にスペインでやったのと同じ方法である)。航空券とニースでのホテル、TGVのチケットとパリでの宿まで手配したのだが、出発直前になって念のため・・・と問い合わせてみると「それはダメ」と言われてしまった。航空券の一区間でも乗らないとすべての区間がキャンセルになってしまう、とのこと。航空券を購入したHISやKLMなどにも頼んでみたが、やはりダメなので泣く泣くTGVでの移動はやめにした。TGVのチケット代、パリの宿ともキャンセルの連絡が遅すぎて払い戻しはなし、もったいないことをした・・・

4)ガリバルディとグリモルディ
これは行ってみてからあちこちで目にした名前。
a.「ガリバルディ」というのはニース市街の通りや、広場などに付けられていた名前である。どこかで聞いたことがあるぞ・・・
その1
ジオンの量産型モビルスーツ
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その2
イタリアの空母「ジュゼッペ・ガリバルディ」
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その正体はイタリア王国の成立に貢献した軍人、ジュゼッペ・ガリバルディである。なぜイタリアの偉人の名前がニースの街に? 実は、彼はニース生まれなのである。イタリア統一前のニースはサルディニア王国に属していたが、サルディニア王家はオーストリアに対しイタリア独立戦争を行う際に隣国フランスに協力を求め、見返りにニースを割譲するという密約を交わした(プロンビエールの密約)。ガリバルディはイタリア統一にその生涯を捧げたのだが、生まれ故郷であるニースをフランスに割譲するというこの密約には後に激怒したと伝えられている。
・・・というわけで、イタリアの英雄ガリバルディの名は、その故郷でありイタリアの影響を色濃く残すニースでも親しまれているというわけである。

b.「グリモルディ」もどこかで聞いたような・・・
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「からくりサーカス」に登場した懸糸傀儡(操り人形型の兵器)。

その由来は、モナコの大公家。モナコ公国はグリモルディ家が世襲する大公を元首とする立憲君主制である。現在の君主、アルベール2世のフルネームは Albert Alexandre Louis Pierre Grimaldi、女優グレース・ケリーの夫として有名なレーニエ2世は Rainier Louis Henri Maxence Bertrand Grimaldi である。

・・・とこのように少しだけ予習して、福岡発アムステルダム行きKLMオランダ航空のボーイング777に乗り込んだのであった。

1日目
移動でほとんど費やした。
初日は夕方にニース着である。街に出てみると観光客らしき人でけっこう賑わっており、適当なレストランに入ってわかりやすいBeef Steakをいただいた。まずくはなかったが大味だった。
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さてこちらのレストランだが、イタリアが近いため?かPizzeriaが多い。が、販売は巨大なピザのホールで1枚12ユーロくらい、払えなくはないが一人ではとても食べきれないので遠慮しておいた。メニューを見てみると、先ほどのビフテキを含め、普通に食事をすると一品20ユーロくらい、それにワインやデザート追加、ということになる。観光地のためか、けっこう割高な印象である。安くすまそうと思えばハンバーガーやSubwayがあるが、コンビニはない。SubwayのBLTが3.5ユーロ、500mlのSoda類が2ユーロだったので、日本のSubwayの値段から換算すると、通貨価値として1ユーロ=100円くらいの感覚と思われる。この時の為替レートが1ユーロ=140円くらいだったので、やはり割高である。


2日目

学会はもう始まっていたが、専門分野のセッションがないので本日は観光に当てることとして、モナコとアンティーブを一気に廻ることにした。
ホテルにはビュッフェスタイルの朝食が付いていた。メニューは毎日変わりなくスクランブルエッグ、ソーセージ、ベーコン、マッシュルーム、それとクロワッサン、フランスパン、デニッシュ類。生ハムが美味しく食べ放題だったのでソレばっかり食べていた。
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さて、まずSNCFの近郊電車に乗ってモナコまで行く。
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Nice Ville駅。切符は自動販売機で買うのだが、フランス語表記でわけがわからない。英語表記にしたりすることは出来ないようで、困ってしまった。買っているひとの操作をジロジロ見て、なんとかモナコまでの切符を買うことに成功した。

駅の改札にはゲートのようなものはなく、切符に印字する改札機が設置しているだけである。だから切符を持ってなくてもホームには入れるし、出ていける。後でわかったのだが近郊電車では車掌による改札もない(多分TGV)は車掌が改札に来るのだろうが・・・)。タダ乗りが横行するのではないかと心配になるが・・・あとで乗ったトラムでも同じ状況だったがあまりタダ乗りしている人は見かけなかった。
Nice Villeの駅ホームは高さが路面電車のホームのように低く、車両も底床車両なのかと思ったが、そうではなく車両にはステップで登らなくてはならない。
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近郊用電車。2階建てのPowered railcar で”Z24500”型というらしい。
乗降ドアには押しボタンがあって乗客が自分で押して開けるようになっている。
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「ゲンコツ電気機関車」、”CL11500” 型と思われる。ヤードに停車していたが、後で客車を牽引して走っているのも見た。近郊用ではなく(TGV以外の)長距離用として使われているのだろうと推測。
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前からは撮れなかったがとても可愛いかったSNCFのおねえさん。
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乗れなかったTGV
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モナコのmonaco-monte-carlo駅は、岩山を半分くり抜いたような感じで、地下鉄駅のようである。ここのホームは普通の高さだった。
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市街に出てみると、観覧席らしいものが目に入った。なるほどF1GPの街だ。今季のF1モナコGPは1か月後の5月25日に予定されているので、その準備中というわけ。
まずはモナコ大公宮殿を目指す。
宮殿というよりは要塞のように見えるのだが、かつてイタリアのジェノバ共和国が建てた要塞の跡地に作られたらしい。
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宮殿前の広場には「ジェダイの騎士」のような銅像がある。これ、グリマルディ家の始祖、フランソワ(フランチェスコ)・グリマルディの銅像である。彼はかつてこの地にジェノバ共和国の要塞があった時代に、武器を隠し修道僧に変装して要塞に侵入し、占領したとのこと。それで修道僧の服の中に剣を隠し持っている様子が再現されている。
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宮殿の入り口には衛兵がいる。自動小銃(M16)を装備している。宮殿内を一般公開するシーズンもあるようだが、今回は入れなかった。
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宮殿前から見下ろすモンテカルロ地区は絶景である。F1コース、スポンサー名なども見て取れる。F1GP開催期間は、ほとんどホテルの予約が不可能になるらしい。
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宮殿の前には、城下町のような地区があり、多くの土産物屋やレストランが迷路のような町並みに所狭しと並んでいる。土産物屋をひやかしつつ、前もってしらべておいたレストラン、La Montgolfiere Henri Geraciを目指す。
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La Montgolfiere Henri Geraci「トリップアドバイザー」で高評価だったお店である。 店主夫婦が日本びいきで、日本語も少し話せるとのこと。フランスのレストランの多くはフランス語表記しかなく、どんな料理かわからずに注文することになるのでありがたい。
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ニョッキとマッシュルームの和え物、子ガモのソテーの2品を注文した。考えてみればフランスに来て初めてのフランス料理である。当然ながら味は極上であった。
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次に行ったのは海洋博物館。日本で天皇家が生物学の研究をしているように、海洋生物の研究に没頭し数々の発見をしたモナコ大公アルベール1世の命により1910年に建てられた。宮殿の断崖絶壁に建てられており、上層はアルベール1世のコレクション(海洋生物の標本や骨格、潜水具や船具など)、下層は水族館となっている。
「クストーの海底世界」とアクアラング発明で有名なジャック・イヴ・クストーが館長を務めたこともある。
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次はアンティーブにあるMarinelandを目指す。Marinelandの最寄り駅はBiotでありアンティーブの市街より1駅手前のようである。
Marinelandはイルカと、シャチのショーで有名らしい。到着時には16時を回っていたので、もう閉園かな・・と思ったが、まだ開いている。入ってみるとイルカのショーは終了していたが、シャチのショーは最後のものが17:45からあるとのこと。

シャチのショーまで、イルカのプールを見に行く。イルカたちはリラックスした様子で、トレーナーさんから餌をもらったりしていた。このプールが映画グラン・ブルーで出てきたプールなのかどうかは定かではない。帰国したらDVDを見なおしてみよう。

シャチのプールは野球のスタジアムのような感じで、巨大なプールは縁部分が透明になっており水中の姿も見えるように工夫されている。
やはりイルカに比べると巨大なシャチが、しかも5頭も同時に出演するショーは圧巻の迫力である。
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すっかり遅くなってしまったが、こちらは午後8時を過ぎてもまだ明るい。Biot駅は無人駅である。自動販売機で切符を購入し、電車を待っていると、突然TGVが通過した。

TGVは日本の新幹線のような専用線ではなく在来線を走る。それにしても通過駅でホームを減速することもなく通過するとは・・・・人身事故は起きないのだろうか?

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この日は遅くなったので、帰りにハンバーガースタンドで「Kebab」を買って食べた。
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「ケバブ」は「焼き肉」みたいなもので、串刺しにした肉を焼いた「シシュ・ケバブ」(シシカバブー)と、垂直の串に味付けした肉を串刺しにして積層し、回転させながらローストしたものを周辺部からそぎ落として食べる、「ドネルケバブ」がある。このスタンドでは「ドネルケバブ」を野菜と一緒に柔らかいタコス生地のようなもので包んだものを売っており、食べてみたら非常に美味かった。値段も5ユーロくらいで手頃である。


3日目
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学会会場に行ってレジストレーションとスライドの受付をした。会場はAcropolisという、コンベンションセンターである。発表は明日だが、学会の案内ホームページで会場の説明や地図などがなく、本当にここであるのか心配であったので、道順を確かめる意味もあり行ってみたのである。移動にはトラムを利用する。
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トラムは最新式のもので、Nice ville駅前から旧市街にかけて1本の路線のみが走っている。広島市電の新型車にも似た低床車で、パンタ給電であるが、景観保護のため旧市街に入る前にパンタを降ろし、蓄電池で走行するようになっている。
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また基本的にトラム路線は自動車が入れない専用道となっているようで、車道が横切る事はあっても車がトラムと並走することはない。
ところが車は並走しないが、トラム路線のすぐ脇は歩道となっているので、マセナ広場などでは歩道と線路の境界がなく、線路の上を普通に人が歩いている。トラムが来るとよけて歩く、というような状態だ。一見危ないようにも思えるのだが、皆平気そうである。
ヨーロッパの都市ではトラムが特別なものではなく、皆慣れているのだろうか? 

車道は比較的狭く、古い街であるためか一方通行が多い。路上駐車は合法のようで両脇にはびっしりと駐車されているが一方通行であるため1台分は通れるようになっておりあまりトラブルはなさそうだ。車は小型車が多かった。車種はルノー、シトロエン、VW、Smart、Miniなどの欧州車がやはり多く、日本車では日産の小型車を比較的多く見た。
バイクが多いのも特徴でBMWのGS、前輪が2輪の3輪スクーターも目についた。
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学会会場を確認し、しばらく聴講したあと、帰りに調べておいた模型店に行ってみた。ニース唯一のメルクリン販売店であったが、訪れてみると2線式がメインでJouefやTrixは比較的多く置いてあったがメルクリンのものは4桁品番の骨董品のほか少ししかなく、価格もそれほど安く思えなかったので何も買わずにお店を後にした。

ホテルに帰ってからは時差ボケもありバッタリと寝てしまった。起きたのは午後10時過ぎ。ハラが減ったが、コンビニは無かったしレストランももう開いてないだろうなと思いつつも街に出てみると、どの店も普通に開いていた。
昨日のKebabが美味しかったので、他の店で「シシュ・ケバブ」を食べることにした。
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店の名前は"Skender Kebab"という。旨かった。
4日目
口演の日である。小雨が降っていて薄暗い。午前9時からのセッションなので、朝食をいただいて最終リハーサルを行い、会場に向かう。特に問題なく口演終了。
当初の計画ではこの後TGVでパリまで行く予定だったのだが、予定変更したので午後は時間が余っている。
午後からはニースの市内を散歩するか、雨が止まなければホテルのSpaでマッサージを受けてみようと思っていたので、頼まれていた土産物を購入し一旦ホテルに戻った。Spaに電話してみると16:30からなら開いているとの返答。予約し、それまで市内を散歩することにした。
雨は一旦止んでいる。

まず、プロムナード・デ・ザングレ(Promenade des Anglais=イギリス人の散歩道)と呼ばれる海岸通りに行ってみる。と、その日はマラソン大会が開催されていた。ほのぼのした雰囲気で、老若男女多くの人々が自分のペースで走っている。こういうのに参加するのも良いなぁ。

マラソンのゴール地点まで行くと、その先に城塞らしき建造物が見える。これは登ってみなければなるまい。
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「コリーヌ城跡」と呼ばれているローマ帝国時代の城跡で、現在は公園になっており、復元した城壁や城門の一部や展望台などがある。かなりの高台になるので、そこからニースの海岸線が一望でき、素晴らしい眺めである。
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またこの城の麓には城下町のように旧市街が広がっており、そちらの眺めも素晴らしい。
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小雨がぱらついてきたので、一旦下城し、旧市街に入る。すぐに広場(サレヤ広場)があり、市が立っている。 周囲にはレストランやカフェ。

旧市街は細い路地が張り巡らされ、パステルカラーの壁と石畳に囲まれた静かな空間で、「中世ヨーロッパの印象」そのものである。
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広場でかわいいおねえさんがいるジェラート屋があったので、クレープを食す。
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雨がけっこう降り始めたので、一旦ホテルに帰り、予約していたマッサージを受けることに。
泊まったのが"Splendid Hotel & Spa Nice"というホテルだったので、せっかくだからSpaも利用してみようと・・・マッサージはSwedish Massageとあるのでスウェーデン式・・・とのこと。良く映画で007が受けているアレだ。映画ならなぜかセクシーなマッサージ師(に変装した殺し屋だったりするが)が登場してその後は・・・という展開になる。
確かにほとんど全裸にされ、フランス人のマダムがマッサージしてくれて、眠るくらい気持ちよかったが別に特別なコトは起こらなかった(当たり前か)。

最後の夜は、アイルランドステーキなるものを食べてみたが、やはり肉は固く大味だった。
翌朝は9:30発のパリ行きに乗るようになっていたので、早朝からバスに乗って空港に行く。歩いていると空港行きの98番バスが見えたので慌てて乗り込んだが、切符を買う暇がなかった。で、この旅行中1回だけ無賃乗車してしまった(前に述べたように無賃乗車はやろうと思えば簡単にできる)が、最後にちょっとだけ後味の悪い思いをしてしまった。
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春の京都と梅小路機関車博物館 [旅行]

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所要で京都に一泊してきたので、前から一度行ってみたかった梅小路蒸気機関車館に行ってみた。
水曜の夜に大阪からHRSに寄って京都入り。
ホテルに入ってマッサージのおばちゃんにすぐ近くに五重塔がライトアップされてるよ、と聞いて、むくんだ足を引きずりつつ東寺へ。
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近くで見ると想像以上に巨大な建築物でびっくり。
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いや〜来てヨカッタ。
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さて、翌日の用事は夕方であったので、午前中は梅小路蒸気機関車館に行ってみた。
梅小路機関区は現役の機関区で、京都駅から2キロばかりのところにある。隣接する梅小路公園は京都市民の憩いの場となっており、平日であったが花見の客もおりけっこう賑わっていた。
京都駅から公園の方へ歩いて行くと入り口付近に水族館がある。こんな内陸に水族館?海水はどうしているのだろう、などと考えながら歩いて行くとほどなく機関車館に到着した。
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入り口は旧二条駅の駅舎を移築したもの。入館料は消費増税で410円だった。
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入ってすぐに扇型機関庫の裏口部分があるのだが、まずは同館保有の動態保存機が牽引する客車に乗せてくれる、「SLスチーム号」の乗車場へ急ぐ。
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本日の牽引機はD51-200であった。周囲は桜が満開である。料金は200円。
動態保存機をみるのはSLやまぐち号のC57以来である。

このように蒸気機関車が牽引するゴンドラのような客車に乗って、約1キロの専用線を往復してくれる。
シュッシュッというドラフト音を期待していたのだが以外に静かでスムーズな走りだった。徐行運転であまり重量物を牽引していないからだろうか?
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扇形機関庫と展示車両は良く整備が行き届いている。本日の牽引機のほか、C62が転車台脇に出されているが、これは最近修理が完了したC62-2と思われる。
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できれば転車台が動くところを見たかったが・・・ 朝一番に来ればスチーム号を出すところが見れたのかも。
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帰ってきて見てみると、梅小路蒸気機関車館のホームページがリニューアルされていた。
http://www.mtm.or.jp/uslm/

この梅小路蒸気機関車館、現在リニューアル中で、平成28年に「京都鉄道博物館」として生まれ変わる予定である。これに合わせて、大阪の交通科学博物館で保存されていた「義経号」が梅小路に移動し、補修を受けて動態保存されるとのこと。 
まさに蒸気機関車の聖地である。

SLやまぐち号、C57-1も梅小路機関区所属で、イベント中は山口に貸出されているとのこと。
ずっと前にやまぐち号に乗車したときは萩で転車台も見ることができた。

広島県呉市 海上自衛隊潜水艦桟橋 [旅行]

大晦日に広島県呉市の「潜水艦桟橋」を見に行った。
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「潜水艦桟橋」は有名な呉市の「大和ミュージアム」近くにあり、海上自衛隊の第一潜水隊群の基地である。基地の目の前に「アレイからすこじま」という公園が整備されており、普段滅多に見ることのできない自衛隊の最新鋭潜水艦を間近で見ることができる。この基地の右側には石川島播磨重工の造船部門(現ジャパンマリンユナイテッド)があり、戦艦大和を建造した巨大なドックもそこにある。その隣には呉の海上自衛隊の訓練基地があり、さらに隣接して呉のフェリーターミナル、大和ミュージアム、鉄のくじら館(退役した潜水艦を陸揚げして博物館にした海上自衛隊資料館)が続く。まさに船の街である。
毎週日曜にはフェリーターミナルから船で出発し潜水艦桟橋やIHIのドック、自衛隊基地などを巡るクルージングミニツアーも行われているらしい。今回は曜日が合わず残念だったが、いつかは参加したいものだ。

潜水艦隊の司令部は横須賀にあるが、主力である第一潜水隊群はここ呉基地に所属している。
現行全16隻の潜水艦隊のうち、「おやしお」型11隻中の5隻、最新鋭の「そうりゅう」型は現5隻中の4隻が呉基地に所属し、これら9艦の潜水艦に潜水艦救難艦「ちはや」を加え全10艦の艦隊を形成している。
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岸壁の左側には4隻、
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右側に5隻の計9隻の潜水艦が確認できるが、よく見ると右端の方に離れてもう1隻、潜水艦のセイル部分が確認できる。もしかすると「はるしお型」の練習潜水艦「あさしお」か「ふゆしお」だろうか?
それにしても所属の全艦が停泊しているとは・・・普段過酷な任務をこなされている潜水艦乗りの皆さんも大晦日くらいは休めるようにしてあげてほしいが、緊急時に備えて当直要員は管内に詰めているんだろうな・・・
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左端の2隻はX舵とセイル前面のフェアリングが確認できるので、「そうりゅう型」であろう。巨大なブイを介して隣に繋留されているのは舵部分が見えないがデッキの形状が若干異なって見えるので「おやしお型」と思われる。奥に見えるのは救難艦の「ちはや」だろう。
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この他写真には撮らなかったが、大きな双胴船が反対側の岸壁に繋留されており、おそらく「ひびき型 音響測定艦」と思われる。所属は横須賀のはずだが、思うに先ごろ尖閣付近に出没した(中国の)所属不明潜水艦のデータ取りをしたのだろうか?

チチェン・イツァー紀行:2001.2.9-11 [旅行]

また古い話になるが・・・・

大きな地図で見る
メキシコの世界遺産、チチェン・イツァーは周囲に何にもないジャングルのど真ん中にあり、ここを訪れる多くの人は200kmほど離れたユカタン半島尖端のビーチリゾート、カンクンを拠点にすることが多い。カンクンは高級ホテルが連なる、ハワイのような趣の観光地で、各ホテルからオプショナルツアーとしてチチェン・イツァーへ行く大型バスが出ている。チチェン・イツァーへ行くためだけ?にジャングルを切り開いて作られた、ひたすら真っ直ぐの高速道路をバスは爆走していく。
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道中に1回休憩所があり、土産物屋とトイレがある。現地の子供がアルマジロを見せに来て、写真を撮ると小銭をねだっていく。
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ククルカン(ケツアルコァトル)の神殿。
マヤの最高神ククルカン(羽毛のあるヘビの姿の神。ケツァルコアトルのマヤ語名)を祀るピラミッド。基底55.3m四方、高さ24m(頂上の神殿部分は6m)。
大きな9段の階層からなり、4面に各91段の急な階段が配されている。階段は4面の91段を合計した364段に最上段の神殿の1段を足すと、365段となる。
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階段はかなり急で、一段も高さがあり頂上まで登るのには骨が折れる。
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このピラミッドは初期のトルテカ=マヤ方式のピラミッドを土台にして外側を新しく建設したもので、内部には古い時代のピラミッドが内蔵された二重構造になっており、細い通路から内部に入ることが出来る。
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暗い階段を登っていくと頂上の室内にはジャガーをかたどった玉座やチャクモル像(生け贄から取り出した心臓を置く台)が置かれている。
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球技場の神殿。
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バスケットボールのようにボールを入れる穴。勝者が生け贄にされたそうである。
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生け贄を捧げたという人造湖セノーテ。他に列柱構造の神殿跡や、天文台として使われていた施設がある。
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髑髏のレリーフ。
カンクンからバスで2時間くらい、現地で3時間くらい見学し、帰りもバスで2時間の日帰りコースで少々あわただしいが、ひととおりの遺跡を見ることが出来た。


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さてチチェン・イツァーまで行かなくてもカンクンからもっと近い海岸にトゥルムという遺跡がある。普通の乗り合いバスで40分くらいの距離である。
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海岸沿いの崖の上に建つ遺跡はまた違った趣がある。
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カンクンはカリブ海を望むビーチリゾートで、美しい海岸で各種のマリンスポーツやスキューバダイビングが楽しめる。ペリカンが沢山いて、海中の魚を見事なダイビングキャッチで仕留めていた。
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カンクンのダウンタウン、フリートス(白身魚のフライ)の屋台
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BBQとCorona Beerでメキシコの夜は更けていく。
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紅葉の仙台紀行:2009.10.29-11.1 [旅行]

ひょんなことから仙台に行くことになった。
仙台といえば・・・・・・・牛タンと・・・・遊佐未森・・・・伊達政宗・・・・
くらいしか知らないなぁ・・・
ある程度下調べすると、丁度紅葉の季節で、温泉もあり訪れるには最適シーズンのよう。創造性はないが旅行情報誌に書いてあるまま、お勧めのスポットを訪れることにした。
移動は広島ー仙台間に1日1便だけある、ANAとIBEXのコードシェア便。機体はボンバルディアの小型機CRJ700。なかなか快適だった。
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一泊目は松島。「絶景の館」という旅館に宿泊、その名のとおり、すばらしい朝日を拝むことができた。
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伊達政宗の菩提寺、瑞巌寺。本堂は改修中で入れなかったが参道も荘厳な雰囲気
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そして外せない牛タン。ただ一言、旨い。
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これは3歳の息子がでたらめに撮った写真だが、しんかんせんコップの絵柄が、ちゃんと東北新幹線の"E4Max"になっている。西日本では同じシリーズのコップも絵柄が”のぞみ”なのだ。
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長年、遊佐未森のファンだったりするので、ここ(仙台クリスロード商店街)は行っておかなくては。
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秋保大滝。紅葉は5分咲きといったところか。
二日目からは作並温泉岩松旅館に2泊。
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この旅館は兄に教えてもらった。紅葉と川沿いの露天風呂、そしてなによりスタッフのホスピタリティがすばらしい。
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二日目、レンタカーで山形県に入り、蔵王山頂で山頂湖(お釜)を望む。朝から小雨とガスで眺望は期待していなかったが、晴れ男の面目躍如、山頂に近づくと突然ガスがはれた。
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立石寺(通称山寺)に。1015段もある石段を登るのに四苦八苦。
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山形県はリンゴの産地。リンゴの木は初めて見た。妻はこれでシアワセな気分になれるそうである。
おみやげはこのリンゴと石橋屋の仙台駄菓子で決まり。
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ま・・まんぼうが・・「ぷぷぷぷ」って・・・ [旅行]

これも少し前のことになるが、転勤で大分県に住んでいたときのこと。
サーフスポットを探す目的で大分県東部の海岸線をドライブしていたら、佐伯市蒲江という所で、面白い施設を発見した。
大分県マリンカルチャーセンターという施設で、漁港である蒲江の海の文化や歴史の展示、ミニ水族館、会議場、塩水プール、プラネタリウムなどがある、要は「海洋科学館」なのだが・・・
最初はまったく立ち寄る気はなかったのだが、近くをとおりかかるとなにやら看板がある。
「本日のまんぼう27匹」・・・
・・・・はぁ!?こんな所にマンボウが???
マンボウは、英語でOcean Sunfishという。なんでも海面近くで体を横にしてヒルネ(寄生虫を海鳥に取ってもらったり、日光浴で殺菌しているという説がある)している姿が太陽に似ているからだそうで、この何ともお目出度く楽勝な雰囲気が大好きなのである。
ところが飼育は非常に難しいそうで、水族館でも水槽の壁にぶつかって死んでしまったりするので他の魚と混ぜたりせず、壁にぶつかりにくい円柱型の水槽に1匹だけを入れているコトが多い。
それが27匹も・・・・これは見るしかあるまい・・・
で、入ってみると・・・何と・・専用の水槽などではなく(普段は児童用に使用していると思われる)浅めのプールの中に、いるわいるわ・・・サイズは1メートルくらいの小さめだがマンボウがゆったり泳いでいる。
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餌をあげることも出来る。棒の先にくくりつけたイカを、マンボウの口元に持って行くと口をもしゃもしゃ動かして食べようとする。しかし下手くそで、一旦口の中にはいってもはき出してしまったりする。そんな「失敗イカ」がプールの底に点々と沈んでいる。意味不明だが時々水面に顔を出して、口から水鉄砲みたいに「ぷぷぷぷぴ」って水を吹き出す奴もいたりして・・・ラブリー・・・
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この施設では定置網にかかってしまったマンボウを地元の漁師が持ってきて一時的にプールで飼育しているのだそうだ。定置網のシーズンが終わると海に帰してあげるらしい。マンボウは食用にもなるようだが、保存がきかずすぐに味が落ちてしまうそうで、このような小さな漁村では消費される見込みもないのだろう。
それにしてもこんなに多数のマンボウが、しかもフツーのプールで泳いでいる様子を見ることが出来るなんて・・ある意味パラダイス・・・そのうち「探偵!ナイトスクープ」に投稿してやろうと思う・・
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こちらは「海遊館」のマンボウ。癒されるなぁ〜・・・
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ぼね~る島って、どこ? / 2002.2.22-27 Bonaire Dive Trip [旅行]

「ボルネオかぁ・・・NYからだと遠そうだなあ・・」
「ちがうわよ、Bonaireよ、ぼねーる。」
雪のNYで南国に行きたくなって 目に入ったダイビングショップに飛び込んだ。
最初はグランドバハマに行くつもりだったのだが 店番をしていたセクシーなおねえさんに
「Bonaireのほうがずっと良いわよ♡」と勧められたのだった。
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Boneire島はカリブ海の南端、ほとんどコロンビアに近いところに浮かぶオランダ領の島である。近くにある同じオランダ領のアルーバ(Aruba)、キュラソー(Curacao)と併せてABC諸島と呼ばれている。5th Ave.にある紀伊国屋書店でガイドブックを見てそこまではわかったのだが、その後がわからない。どの本もアルーバ、キュラソーまでは1ページくらいの解説があるのだが、ボネール島に関しては何の説明もない・・・。多分こんな所に行く日本人は少ないのだろう。こうなるとガゼン興味がわいて来た。lonelyplanet.comによるとここは別名Diver's Paradise とも呼ばれる、スキューバダイバーの間では密かに有名な島らしい。マップには無数のダイビングポイントが載っている。ふーん・・ナカナカ良いではないか・・・
で、「行きます」と電話した。
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ツアーは5人でコンドミニアムを借り、5日間ダイビング三昧というもの。
メンバーは
Ganady.....インストラクター。ロシア生まれでイスラエルに亡命し、その後アメリカに移住してきたらしい。現在はNYの野村証券に勤めているとのことで、日本語の特訓中とか。
Francesca.....インストラクター助手のクールな女子高生。アイルランド出身。なんでも大富豪の祖父 が海軍の重鎮で、その名前が航空母艦(名前は忘れた)に付けられているんだとか。
Steve....イスラエル系アメリカ人。コンピュータプログラミング会社を経営しているらしい。
Grant....イタリア系アメリカ人で、ミュージシャン。 カーネギーホールでオーケストラの指揮をしたこともあるらしい
ワタクシ.....なんかこの中では一番地味・・・・

SteveとGrantは最近PADIのオープンウォーターを取得したばかりで今回のツアーでアドバンスト(AOW)の講習を受けるということだったので、私もそれに混ぜてもらうことにした。
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飛行機はNew York-Miami-Curacao-Bonaireと3本乗り継いでいく。transitで、さすがに疲れ気味。
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Bonaireの空港は別名Framingo Airportとも呼ばれ、名のとおり建物は脳天気なフラミンゴ・ピンクに塗られている。空港からして南国ムード全開・・・
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島にはフラミンゴが数多く生息しており、島の北側の湿地帯に行くと簡単に見るコトが出来る。
宿泊したのはsand dollar beach resortという、コンドミニアム型式のホテル。3ベッドルームタイプを6人で共有した。朝食は準備されるが、昼・夜は自炊や街のレストランである。
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バルコニーからは最高のsunsetが・・・
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部屋にはGecko(ヤモリ)が。

より大きな地図で Hotel Sand Dollar Resort を表示
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まさか年中ではあるまいが、街はいつもお祭り騒ぎ・・・という感じだった。たまたま何かの記念日だったのか? それにしてもこの島では一度もアジア系らしい人を見なかった。少なくとも2002年2月26日時点で、私はこの島にいた唯一の日本人だっただろう・・・
現地はオランダ領なので、通貨はギルダー。オランダのことはよく知らないが、ハイネケンなどのビールが有名なようだ。島のレストランはシーフードを主体に色々な所に行ったが、味はまぁまぁというところ。
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晩飯の算段中・・・・
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よく利用したシーフードレストラン。
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この島は縦長で、風向あるいは海流の関係で島の西側にダイビングスポットが多数ある。クルマで行ってビーチエントリー、というスタイルがほとんどであるが、沖合にある小ボネール島周囲のスポットに行く時にはダイビング船で出かける。使用した船の一つにホルスタイン模様に塗装されたモノがあって、汽笛もMooooo..と牛の鳴き声になっていて、Steveは"Moo ship"と呼んでいたくお気に入りのようだった。
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この島は珊瑚礁の島ではないので、沖縄のような派手さはないが、アドバンストの講習は砂地で宝探しをするとか、沈船スポットでフィンキック数で距離を計測するとか、夜光虫の光の中ナイトダイビングするとか、飽くことなくすぐに日程を消化してしまった。
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私はダイビング機材の他、水中写真やデジカメ機材を多数持っていたので、"toyman"というあだ名を付けられた。その割には写真はうまくいかなかったが・・
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さて、最終日は飛行機に乗る関係でダイビングできない。このため、密かに調べていたもう一つの目的地に向かった。
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Jive City Bonaire....この島の東側に大きな入り江になった部分があり、フラットウォーター、コンスタントな東風のおかげで絶好のウインドサーフィンビーチになっているのである。Jive Cityはウインドサーフィンのレンタル施設である。
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レンタル器具は充実しており、久しぶりのプレーニングを楽しんだのである。
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ビーチにはいい感じのBar。
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島で見る夕日はいつも最高。


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Cape Cod 紀行 2000.10.6-10.8 [旅行]

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そろそろネタが尽きてきたので、10年も前の旅行記録などを。当時は米国New Yorkにある大学の研究室で細胞培養などをしていた。独身独り暮らしで、なんとも気ままな生活だった。当時ホームページを作っていてデータが残っていたのでほぼそのまま掲載してみる。

Cape CodはNYから300マイルほど北、マサチューセッツ州にある大西洋に細く突き出た半島で、東海岸では定番の避暑地。ここで盛んに行われているホエール・ウオッチングに前から行ってみたかったのですが、夏の間は行く暇がありませんでした。そうこうしているうちに寒くなってきたのであわてて計画を立てて、10/6金曜日の夜NYを出発。
<Lands end inn>
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目的地はCape Cod 岬の一番突端にあるProvincetownという町。国道I-95をひたすら北へ走るのですが、ラッシュにつかまって8時間もかかってしまい、到着したのは午前零時半。宿泊は出る直前に適当に探して予約した"Lands end inn"というホテル。これがなんともスバラシイところでした。ホテルというよりロッジというカンジで、普通の家を改造・増築して客が泊まれるようにしたもので、レストランなどはなく、簡易な朝コーヒーとパンだけを提供することからBed&Breakfastなどと呼ばれています。この辺ではホテルよりもこのタイプが多いようです。
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町と港を一望できる丘の上に建っていて眺めはいいし、建物がなんとも味わいがありました。基本部分が出来たのは1904年だそうで、内装もすべてアンティーク調。泊まったのは3階の一番小さな屋根裏部屋だったのですが、どう見てもクローゼットにしか見えない隠し扉を開けるとその奥に階段がありそこを登って行くと部屋があるのです。夜中に着いたので他の客も管理人も皆寝てしまっていて、ドアの外に鍵の開け方と部屋の場所を書いた紙が貼ってあり、それに従って入りましたが、さすがになかなか見つけられませんでした。なんとなく「ウィンチェスター・ハウス」(精神に異常をきたした主が亡霊を迷わせるために行き止まり階段や隠し部屋を何百も作った家)がこんな感じなんだろうなーと思いました。
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ようやく部屋でくつろいでいるとどこからか黒猫が入ってきてベッドを占領してしまった・・・
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バルコニーから階段で屋根上の展望台?に登るコトが出来る。デッキチェアでしばし休息。
<Whales !>
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さて、このProvincetownはもともと捕鯨基地のあったところだそうで、現在はホエール・ウオッチングが観光の目玉となっています。Cape Cod 沖にStellwagen Bankという棚(海底が盛り上がった場所)があり、ここがクジラの食餌場所になっているのです。3隻のボートがそれぞれ1日に4−5回のツアーを行っています。Bankまで1時間、クジラを探して見ること1時間、帰りに1時間と計3時間のツアーで料金は$17。
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写真は全長約17mのHumpback whale(座頭鯨)。Stellwagen Bankに着いたらすぐに現れ、1時間たっぷりと見ることが出来ました。彼らは水中で気泡のカーテンを円筒状に作り、その中に魚を追い込んだ後、下から一気に口を開けて浮上、一気に食べてしまうのです・・・すごい技術
<ゲイ・アンティークショップ・ロブスター・・・・>
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来てみて分かったのだが、この町にはナゼかやたらとゲイのカップルが多い。(そういえば、フロリダの似たような感じの半島Key Westにも多かった。彼らには半島の先っぽに集まる習性があるのだろうか?okadocも「最南端」とか「最北端」とかが好きだが、別にゲイではない。)そのせいか、街にはおしゃれなアクセサリやアンティークショップが多い。米国の中では最も古い町のひとつで年代物の建物が多いので、いい雰囲気。
町を一歩出ると、そこには風と砂丘だけの世界・・・
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碧くぅ〜続く〜風の走るみ〜ちを〜♪・・・
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さて、この旅行にはもう一つの目的がありました。ここCape Codは細長い半島に吹き付ける海風が砂丘状になった地形と相まってスロープグライダーには絶好の場所と聞いていたので、翼面荷重に余裕のない超小型シャーレ機ASK-21のテスト飛行をしようと車に積んできたのです。ところが残念ながら当日は北北東の風で、これが微妙に悪い条件で・・・地元のフライヤーやってきて、ZAGIを試しに飛ばしていましたが、やはり「今日は風が悪いね」といって帰ってしまいました。ASK-21は電動化しているのでなんとか発航は出来ましたが、大して長く滞空できません。しかも2回目のフライトで着陸に失敗、主翼およびカンザシを破損、あえなく引き上げることになりました。うー・・
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今回の総走行距離は687マイル(1100 km)。
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はあー疲れた。
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スペイン・ユーレイルの旅 [旅行]

2001年の春に、2年間住んでいたNewYorkから帰国する前に2週間ほど休みをもらってスペインをユーレイルパスで周遊する旅に出た。だいぶ記憶が薄れてきているので今の内にルートだけでも記録しておこう。ある程度は目的地を決め、移動はユーレイルパスでバラドールというスペインの国民宿舎のようなもの(といっても中世の城などの歴史的建造物を改修してホテルにしたもので、価格の割に豪華)を泊まり歩く、という欧州鉄道ファンなら夢のような体験だった・・・のだが、当時は欧州鉄道には全くといっていいほど興味がなかったので画像もほとんど撮っていないのが悔やまれる。Madrid-Sevilla間はAVEに、Madrid-Paris間はTalgo trenhotelに乗った。
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当時在住していたNYCからAir FranceでParis経由Madrid入り。
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Madridからローカル線で城壁に囲まれた都市Avillaへ。
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スペインの良いところは食事とワインが旨く、安いところ。このラムの香草焼き?など絶品だった。
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Madridに戻ってAVEでSevilla経由、ローカル線に乗り換えて断崖絶壁の上にそびえる空中都市Rondaへ。
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Ronda旧市街にて。
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長距離バスで牧羊の田舎村Grazalemaへ。
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Rondaへ戻ってGranadaへ。
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Granadaはフラメンコの本場である。
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BMWの白バイ。
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アルハンブラ宮殿。
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遠くにピレネー山脈を望む。GranadaからSevillaへ。
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パエリアは旨かった。
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AVEでMadridに戻る。Madridのアトーチャ駅はこの1年ほど後に爆弾テロで破壊された。
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車窓からはブドウ畑や中世の朽ち果てた城壁などが見える。
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MadridからTalgo Trenhotelに乗ってParisへ。
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Talgoのビュッフェ。天井が低いのがちょっと・・・
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パリAusterlitz駅に到着。Talgoの車両は白に青ラインのもの。残念ながらこの写真からは牽引車が不明。後日、electrotrenのTalgo車両セットを購入した際、牽引車の選定に悩まされることとなる。結局Renfe276という車両を購入したが、正しかったのか?
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Parisの夜は更け、翌日Air Franceで帰路NYCへ。
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